三百字小説『メイドイン恵比寿』

　私は恵比寿のメイドだった。

　と言っても、ただの家政婦だ。

　雇い主はメイドと呼びたがっただけだ。

　しかし、ある時、メイドカフェのブームが起きた。

　「我が家も喫茶店に改造よ」

　さっそく【恵比寿のメイドカフェ】が誕生した。

　しかし、客は来なかった。

　「ダメですよ。メイドカフェの本場は秋葉原です」と私は言った。「恵比寿じゃマイナーすぎです」

　「分かったわ。名前を変更よ」

　店は【代官山のメイドカフェ】になった。

　「代官山の駅から徒歩圏内だからウソは言ってないわ」と雇い主は言った。

　やっぱり客は来なかった。

　しかし、恵比寿のメイドは優秀だと評判になった。客は来ないが店の掃除だけは欠かさなかったからだ。

(遠野秋彦・作 ©2023 TOHNO, Akihiko)